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松尾芭蕉の宿(まつおばしょうのやど)

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1100411
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「おとうちゃん!芭蕉という俳句の神様が弥彦に泊ったんだってねえ。」 -そうだよ。だけどね、どこへ泊ったか、はっきりわからないんだ。
「宝光院様に泊まったんだって?」 -誰から聞いた? 「今日ね、先生が教えてくれたよ。」 -そうか、そうか。
ところで、芭蕉は伊賀上野(現・三重県)の出生で、29歳の春、江戸へ出て俳諧師として名を売り、元禄2年3月27日江戸の千住を出発、「奥の細道」の旅路につきました。奥羽・北陸巡遊、門人曽良(そら)を伴い彌彦神社に参拝しています。
曽良の「随行日記」によれば、元禄2年7月2日新潟に到着し、大工源七の家に泊り翌3日、歩いて弥彦に午後5時ころ着き、宿を取って彌彦神社に参拝し、翌日午前8時ころ猿ヶ馬場を越えていることになります。
なお、新潟の宿は大工源七とありますが、よくわかっていません。出雲崎、その他県内の宿も、今ではほとんどわかりません。紹介状を持って行ったのに、忙しいから、と宿を断られたりしています。歓待された宿では、10日・20日も泊って句会を催して指導をしていました。
  荒海や 佐渡に横たふ 天乃河 の句碑を宝光院で建立し、毎年7月3日に「奥の細道を訪ねて」の行事が行われます。

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