⑤幼児期の運動遊び
編集指導・・・柳本 利夫氏(新潟市西区中権寺 やぎもと小児科院長)
<子どもの運動に関する問題>
文部科学省が、子どもの運動遊び不足により、次の問題を引き起こしていると述べています。
① からだの基本動作が未熟な幼児が増えている
② 自発的な運動の機会が減っている
③ 児童期、青年期への運動やスポーツに親しむ資質や能力の育成を阻害している
④ 意欲や気力の減弱、コミュニケーションをうまく構築できない
<幼児期の運動遊びの効果>
① 体力・運動能力の向上

幼児期は、神経機能の発達が著しく、タイミングよく動いたり、力の加減をコントロールしたりするなどの運動を調整する能力が顕著に向上する時期です。この能力は、新しい動きを身に付けるときに重要な能力であるとともに、周りの状況の的確な判断や予測に基づいて行動する能力を含んでおり、けがや事故を防止することにもつながります。このため、幼児期に運動を調整する能力を高めておくことは、児童期以降の運動機能の基礎を形成するという重要な意味を持っています。
また、日ごろから体を動かすことは、結果として活動し続ける力(持久力)を高めることにもつながります。
② 健康的な体の育成
幼児期に適切な運動をすると、丈夫でバランスのとれた体を育みます。特に運動習慣を身に付けると、身体の諸機能における発達が促されることにより、生涯にわたる健康的で活動的な生活習慣の形成にも役立ち、肥満や痩身を防ぐ効果もあり、幼児期だけでなく、成人後も生活習慣病になる危険性は低くなると考えられます。また、体調不良を防ぎ、身体的にも精神的にも疲労感を残さない効果があると考えられる。
③ 意欲的な心の育成
幼児にとって体を動かす遊びなど、思い切り伸び伸びと動くことは、健やかな心の育ちも促します。また、遊びから得られる成功体験によって育まれる意欲や有能感は、体を活発に動かす機会を増大させるとともに、何事にも意欲的に取り組む態度を養います。
④ 社会適応力の発達
幼児期には、徐々に多くの友達と群れて遊ぶことができるようになっていきます。その中でルールを守り、自己を抑制し、コミュニケーションを取り合いながら、協調する社会性を身につけることができます。
⑤ 認知能力の発達
運動を行うときは状況判断から運動の実行まで、脳の多くの領域を使用します。すばやい方向転換などの敏捷な身のこなしや状況判断・予測などの思考判断を要する全身運動は、脳の運動制御機能や知的機能の発達促進に有効です。
幼児が自分たちの遊びに合わせてルールを変化させたり、新しい遊び方を創り出したりするなど、遊びを質的に変化させていこうとすることは、豊かな創造力も育むことにもつながります。
<幼児期の運動のあり方>
幼児期は、生涯にわたり必要な多くの運動の基となる多様な動きを幅広く獲得する非常に大切な時期です。動きの獲得には、「動きの多様化」と「動きの洗練化」の二つの方向性があります。
① 動きの多様化
「動きの多様化」とは、年齢とともに獲得する動きが増大することです。幼児期において獲得しておきたい基本的な動きには、立つ、座る、寝ころぶ、起きる、回る、転がる、渡る、ぶら下がるなどの「体のバランスをとる動き」、歩く、走る、はねる、跳ぶ、登る、下りる、這(は)う、よける、すべるなどの「体を移動する動き」、持つ、運ぶ、投げる、捕る、転がす、蹴る、積む、こぐ、掘る、押す、引くなどの「用具などを操作する動き」が挙げられます。通常、これらは、体を動かす遊びや生活経験などを通して、易しい動きから難しい動きへ、一つの動きから類似した動きへと、多様な動きを獲得していくことになります。
② 動きの洗練化
「動きの洗練化」とは、年齢とともに基本的な動きの運動の仕方(動作様式)がうまくなっていくことです。幼児期の初期(3歳から4歳ごろ)は、動きに「力み」や「ぎこちなさ」が見られますが、適切な運動経験を積むことにより、年齢とともに無駄な動きや過剰な動きが減少して動きが滑らかになり、目的に合った合理的な動きができるようになります。
<幼児期における一般的な運動の発達の特性と経験しておきたい遊び(動き)の例>
① 3~4歳ころ
・基本的な動きが未熟な段階から、次第に動き方が上手にできるようになる。
・未熟ながらも基本的な動きが一通りできるようになる。
・次第に自分の体の動きをコントロールしながら、身体感覚を高め、より巧みな動きを獲得することができる。
→ 遊びの中で多様な動きが経験でき、自分から進んで何度も繰り返すことにおもしろさを感じることができるような環境の構成が重要になります。

屋外での滑り台、ブランコ、鉄棒などの固定遊具や、室内での巧技台やマットなどの遊具の活用を通して、全身を使って遊び、次の動きを体験させましょう。
Ⅰ「体のバランスをとる動き」
立つ、座る、寝ころぶ、起きる、回る、転がる、渡る、 ぶら下がる。
Ⅱ「体を移動する動き」
歩く、走る、はねる、跳ぶ、登る、下りる、這(は)う、よける、すべる。
② 4~5歳ころ
・それまでに経験した基本的な動きが定着しはじめる。
・友達と一緒に運動することに楽しさを見いだし、また環境との関わり方や遊び方を工夫しながら、多くの動きを経験するようになる。
・特に全身のバランスをとる能力が発達し、身近にある用具を使って操作するような動きも上手になっていく。

・さらに遊びを発展させ、自分たちでルールや決まりを作ることにおもしろさを見いだしたり、大人が行う動きのまねをしたりすることに興味を示すようになる。
→ なわ跳びやボール遊びなど、体全体でリズムをとったり、用具を巧みに操作したりコントロールしたりする遊びの中で、持つ、運ぶ、投げる、捕る、転がす、蹴る、積む、こぐ、掘る、押す、引くなどの「用具などを操作する動き」を経験しておきたい。
③ 5~6歳ころ
・無駄な動きや力みなどの過剰な動きが減り、動き方が上手になっていく。
・友達と共通のイメージをもって遊んだり、目的に向かって集団で行動したり、友達と力を合わせたり役割を分担したりして遊び、満足するまで取り組むようになる。
・それまでの知識や経験を生かし、工夫をして、遊びを発展させる姿も見られる。
・全身運動が滑らかで巧みになり、全力で走ったり、跳んだりすることに心地よさを感じるようになる。

→ ボールをつきながら走るなど基本的な動きを組み合わせた動きにも取り組みながら、「体のバランスをとる動き」「体を移動する動き」「用具などを操作する動き」をより滑らかにできるようになることが期待されます。そのため、これまでより複雑な動きの遊びや様々なルールでの鬼遊びなどを経験させましょう。
<運動の行い方>
① 多様な動きが経験できるように様々な遊びを取り入れる
幼児が自発的に様々な遊びを体験し、幅広い動きを獲得できるようにする必要があります。幼児にとっての遊びは、特定のスポーツ(運動)のみを続けるよりも、動きの多様性があり、運動を調整する能力を身に付けやすくなります。幼児期には体を動かす遊びなどを通して多様な動きを十分経験しておくことが大切です。

② 楽しく体を動かす時間を確保する
多様な動きの獲得のためには、量(時間)的な保障も大切です。一般的に幼児は、興味をもった遊びに熱中して取り組むが、他の遊びにも興味をもち、遊びを次々に変えていく場合も多いのです。そのため、ある程度の時間を確保すると、その中で様々な遊びを行うので、結果として多様な動きを経験し、それらを獲得することになります。
文部科学省調査では、外遊び時間が多いほど幼児の体力が高い傾向にあるが、4割を超える幼児の外遊び時間が一日1時間未満であることから、多くの幼児が体を動かす実現可能な時間「毎日、合計60分以上」を目安として示しています。
③ 発達の特性に応じた遊びを提供すること
幼児に体を動かす遊びを提供する時は、発達の特性に応じて行うことが大切です。発達の特性に応じた遊びをすることは、その機能を無理なく十分に使うことによってさらに発達が促進され、自然に動きを獲得することができ、けがの予防にもつながります。また、幼児の身体諸機能を十分に動かし活動意欲を満足させることは、幼児の有能感を育むことにもなり、体を使った遊びに意欲的に取り組むことにも結び付きます。
これらを踏まえ、幼児の興味や関心、意欲など運動に取り組んでいく過程を大切にしながら、幼児期に早急な結果を求めるのではなく、小学校以降の運動や生涯にわたってスポーツを楽しむための基盤を育成することを目指すことが重要です。
<運動を行うときの留意点>
・幼児期は発達が著しいが、同じ年齢であってもその成長は個人差が大きいので、一人一人の発達に応じた援助をする。
・友達と一緒に楽しく遊ぶ中で多様な動きを経験できるよう、幼児が自発的に体を動かしたくなる環境を工夫する。
・幼児の動きに合わせて保育者が必要に応じて手を添えたり見守ったりして安全を確保するとともに、固定遊具や用具などの安全な使い方や、周辺の状況に気付かせるなど、安全に対する配慮をする。
・適切な環境の下で、幼児が自発的に取り組む様々な遊びを中心に体を動かすことを通して、生涯にわたって心身ともに健康的に生きるための基盤を培う。
【年齢別】子どもの体と心を育む「運動遊び」アイデア集 ~明日の保育に活かせるヒントが満載!(https://hoiku-shigoto.com/report/archives/13026/)~
【参照】
文部科学省 幼児期運動指針(https://www.mext.go.jp/a_menu/sports/undousisin/1319771.htm)
すこやか やひっ子 トップページに戻る