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 −総索引(五十音順)−
 
昭和46年発行の「弥彦村誌」改訂版を「弥彦村史事典」として、平成21年3月5日に発刊しました。

 「いつでも、どこでも、誰でも気軽に手にとって読める身近な村史」をめざして編集してあります。

 これまで手薄だった弥彦村の歴史に多くのページを割いており、また、分野別に編集していますが、総索引(五十音順)からもひくことができます。

 県内・県外の方にも、ぜひご購読いただけますようご案内いたします。


 予約されている方は3月5日から、弥彦総合文化会館または、弥彦村役場 2階 総務課までお買い求めください。
 郵送を希望された方は販売日以降、直接お手元に届きますので、到着後、郵便振替で代金をお振り込みください。

    村史事典の詳細

 帰山雲涯「明訓学校」
(新潟県立歴史博物館蔵)



・B5判
・丸背上製本布表紙
・箱入り
・約510ページ(うち 40ページはカラー印刷)
・カラーグラビア8ページ

頒布価格 2,500円
送料は実費で
ご負担いただきます
 総項目数
 1150項目(予定)
 
 
 弥彦村役場総務課または弥彦村教育委員会(弥彦総合文化会館内)で、直接、ご購入できます。

 また、郵送での購入をご希望の方は、下記申込用紙をダウンロードし、必要事項を記入のうえ、郵送・FAX・電子メールのいずれかにて弥彦村教育委員会までお申し込みください。
 
 
申込用紙ダウンロード PDFWORD

 
  ― 申し込み先(問合せ) ―
  〒959−0323
  新潟県西蒲原郡弥彦村大字弥彦2487−1
   弥彦村教育委員会「弥彦村史事典」編集事務局
    電話 0256−94−4311 FAX 0256−94−4312
    電子メール yahikoch@mercury.jstar.ne.jp


■内容見本(本編を縮小)
※以下の写真はホームページ用に撮影したものです。


 −即位記念樹の標(そくいきねんじゅのひょう)−


 大正4年(1915)11月10日、大正天皇の即位記念大礼奉祝拝賀式が挙行された。同日、矢作地区では即位記念樹として、同時に「御即位記念樹之標」1対を建てた・碑には大正4年11月、二松会、弥彦村青年会東支部と刻まれている現在、碑は矢作の二本松のすぐ北にある。



 
 −大圃場完成碑(だいほじょうかんせいひ)−



 戦後間もない昭和24年(1949)6月に土地改良法が施行され、農地の開発、改良造成、集団化、農業生産力の維持増産が計画的に進められるようになった。昭和26年(1951)西蒲原土地改良区、翌27年西蒲原土地改良区国上弥彦出張所が発足し、生産基盤整備が始まった。昭和36年(1961)農業基本法が公布されたのに伴い、国・県営事業を主体に、近代化資金を中心とする財政面からの援助も受け、大戸工区を手始めに大圃場事業に着手した。

 昭和39年(1964)度から300ha以上は県営工事として行われるようになり、国上・弥彦地区1,100haで事業採択され、一圃場30haを中心に区画整備された。この事業の完成を祝し、後世に伝えるために建立されたのが県道新潟寺泊線サン・ビレッジ弥彦そばにある「大圃場完成碑」であり、次のとおり記されている。

 (碑表)県営/大圃場完成/知事亘四郎
 (碑裏)当耕地は由来、高畦地帯は山水により、乾田地帯は大正7年(1918)蒲原用水により、信濃川大河津より引水し美田たりしも、昭和22年(1947)以来信濃川水位低下により水不足を来し揚水機によらねば耕作不能となり、蒲原用水の改修を要望してきた処、昭和38年(1963)年旧国上村耕地と協力し1,100ヘクタールを県営事業として大圃場区画整理を実施することに到った。当工事は約152ヘクタールであったが、計らずも県土木部の要請に応え県道弥彦・寺泊バイパス路線実現のため用地提供に協力した。尚一級河川の路線変更による治水事業も同時に施行し後顧の憂いを断つことが出来たことは幸いである。利水については高低差があるためバイパス線を界にその東は蒲原用水により潅水し西は10アール区画で山水潅漑として近代農耕に適する様に竣工した事は私共の共に喜びとする所で、ここにその完成を祝し之が記念碑を建立し後世に伝えるものである。

 概要/一、起工/昭和43年11月9日/一、竣工/昭和46年11月29日/一、関渉面積/152ヘクタール/一、総経費/2億7千20万円/一、組合数/284名/昭和47年10月1日/西蒲原郡土地改良区弥彦支所麓工区建立/沙門/藤澤法龍/謹書/石工/武石一栄/謹刻 ※参考文献「弥彦村誌」

 

 −高頭仁兵衛寿像碑(たかとうにへいじゅぞうひ)−


 弥彦山頂大平園地にある碑。昭和25年(1950)5月、日本山岳会越後支部が山頂に羽下修三作の半身浮彫寿像と山岳会長武田久吉撰文の由来書を付けた小塔を築いた。昭和33年(1958)、これを両峰の中央スキー場近くの峰、はるか高頭翁の故郷を見晴る場所に移築した。
 高頭仁兵衛は三島郡深才村(現長岡市)に生まれ、博学でまた山を愛し、「日本山獄志」を著した。昭和33年81歳で亡くなったが、日本山岳会会長として登山道の発展に尽くした功績は大きい。