弥彦へ行こう 良寛さまの魅力を探る旅に
越後の生んだ群像の中で、良寛ほど古今にわたり多くの人たちから愛され、親しまれ、そして慕われている人物はいないのではないでしょうか。良寛は、弥彦山周辺の自然をこよなく愛した一人であり、心に映じた様子を数多くの詩や歌に残しています。
良寛は、三島・出雲崎の名主、山本新左衛門とその妻、秀子の長男として1757年頃生まれ、18歳の若さで出家。西国・玉島(現岡山県倉敷市)での長い修行遍歴を経て、ふるさとに帰った時は、40前後の壮年期を迎えていました。すでに父母はなく、敬慕する師、国仙和尚も他界していました。その良寛が最も心のやすらぎを得て、詩や歌や書に専念する充実した人生を過ごしたのが、五合庵に定住するようになった48歳から、乙子神社わきの草庵に移り住んだ69歳にかけての20余年間でした。
五合庵での生活は、孤独でさびしい状況でしたが、良寛はそのころ、人間と自然を真に安らかに愛し、いつくしむ心で過ごしていました。この時代、良寛は食べ物がなくなると、里におりて弥彦周辺の村を托鉢して回りました。その時、袖に入れた手まりで、村の童たちと無心に遊びに興じる良寛の姿は、さぞや弥彦の風景と溶け合っていたことでしょう。
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