トキめき新潟国体

第19回新潟国体の弥彦村

新潟国体とは(1964年/昭和39年)

開始式
開始式
正式名称は第19回国民体育大会(春季大会)のこと。
 昭和39年(1974)6月6日から同11日まで県内各地で32種目の競技が開催され、選手・役員合わせて全国から2万人の参加者により天皇、皇后両杯めざして繰り広げられました。
 弥彦村では自転車競技、クレー射撃競技の2種目を開催し、選手団約1,000人を受け入れたほか、弥彦山頂で古式により採火された炬火(たいまつ)が、主会場の新潟市陸上競技場までリレーによって運ばれました。
 国体は各都道府県持ちまわり開催のため、約50年に一度しか機会が巡ってこないのが現状です。したがって文化、観光などを全国に紹介するまたとない場となるため、この受け入れについては準備委員会事務局を設け、村民総参加で推進しました。

村ぐるみ歓迎と成果

自転車競技場
自転車競技場
 弥彦村会場には約1,000名の選手団が参加しました。競技は5日間行われたが連日会場いっぱいの観衆で、この盛況ぶりはいままでの大会では見られない光景だと県外選手を感激させました。接待に当った婦人会の心尽くしや、宿泊を受け持った旅館の心のこもった応接、中学生の県別応援団編成による応援など、村ぐるみの国体歓迎は大きな感銘を与えました。そのほか警備、交通事故防止、歓迎装飾、花いっぱい満開など関係の組織をあげて取り組みました。
 昭和38年(1963)春には村民体育館(現弥彦体育館)が完成して、村民体育の拠点として、国体運営本部として大きな役割を果たしました。
 こうして弥彦の地が全国的な観光地として認識され、県の観光発展に大きな役割を果たすこともできました。同時に国体を迎える村ぐるみ運動の目的は十分果たされたといえ、加えて村体育協会(小林静夫会長)が社会体育優良団体として国体主会場開会式の席上、文部大臣、日本体育協会会長より表彰され、弥彦はよくやった、との評価をいただいたことは大きな成果でした。
 なお、県別応援団を結成した中学生と県外選手とは、その後もずっと交流が続いていたそうです。

競技ポスター
競技ポスター 弥彦村出身
鈴木力さんの作品

 ポスターの図案2種目は一陽会会友の鈴木力氏(大字麓出身:当時27歳)が作成したもので、各1,500枚県内外に発送しました。

成功した新潟国体

弥彦山頂で古式によって採火 
弥彦山頂で古式によって採火
 国体のメインは例年秋季大会ですが、新潟国体の昭和39年は10月10日から東京オリンピックのため、6月に「春季大会」として県内18市町村で30種目が、5日間にわたって開催されました。
 自転車競技に38都道府県から380名の選手が参加し、新潟国体の合い言葉「健康・清潔・親切・安全」で、弥彦村も準備に取り組んできました。弥彦村では自転車競技のほかにクレー射撃競技会場もあり、一村で二種目開催地でしたが、実は本村はさらにもう一つの大事な役目がありました。
 第19回春季大会の炬火は越後一宮彌彦神社の御神廟のある弥彦山頂で、神事にのっとって古式ゆかしく採火され、山頂から弥彦山をかけ下り、蒲原平野を縦断して主競技場である県営新潟陸上競技場で会期中燃えつづける炬火の採火式が行われました。さらに弥彦山頂から上西川橋で吉田町へ引き継がれるまでの村内9区間は、すべて弥彦中学校男子生徒によってリレーされました。
 さて、自転車競技はピスト(グラウンド競技)ロード(道路競走)とあり、都道府県対抗で得点を競走しました。期間中競輪場は連日超満員となり、地元中学生は学校ぐるみで都道府県ごとの応援団を結成し、遠来の選手団との交流を深め、感謝されるほどでした。
 競技運営、宿泊接伴などすべてに心のこもった村民ぐるみの受け入れに、パワーが結集されたほか、競技でも実用車4千メートル競走に日本新記録が出るなど、走路の整備面でも貢献できました。そして、新潟県勢の活躍により、めざましく盛り上がり、新潟県は宮城県に次いで第2位と大健闘で幕は閉じました。
 また、8日弥彦会場には当時の高松宮殿下が会場をご視察になられ、午前11時20分から30分間クレー射撃場を、11時55分から30分間競輪場で競技をご観覧になりました。

中学生の応援風景
中学生の応援風景
新潟国体の歌
1.弥彦の山から輝きくだる            燃(も)えたつ聖火に気もはずむ
  陽炎(かげろう)けりあげ走れよ跳べよ  伸びゆく力(ちから)ためすのだ
  越路の大地に勇まし諭(たの)し       若人のうたげぞ新潟国体新潟国体

2.豊(ゆたか)な流れの信濃は光り      眺めるわれらの身はおどる
  明日(あした)を目ざして勝ちぬき進み  きたえし技(わざ)をしめすのだ
  越路の大地に勇まし諭し           若人のうたげぞ新潟国体新潟国体

3.荒海はるかに佐渡へとつづき        交(か)わした誓いに血がたぎる
  青空仰いで歓呼に答え            若さと熱できそうのだ
  越路の大地に勇まし諭し           若人のうたげぞ新潟国体新潟国体

歌詞は公募により新潟市の桐生トシ子さんのものが採用されました。ドーナツ盤で普及がはかられ、さわやかな愛唱歌として多くの人に親しまれました。

国体旗リレーと炬火リレー

国体旗リレー
国体旗リレー
炬火リレー
炬火リレー
国体旗リレー
 旗リレーと呼ばれ、国体の意義を高めるためのもの。開催地である弥彦村では全村民に国体参加の喜びを分かち合ってもらうため、村内ほとんどの集落を通過するコースの設定、リレー隊も小学生隊から老人クラブ隊まで12チームを編成しました。国体旗は前年の開催地山口県から山陰、北陸路を経て新潟市まで約3,000km、1,556区間、約47,000人でリレーされましたが、その中の旧吉田町から受けとり旧岩室村へ引渡すまでの弥彦村内12区間、270名のリレー隊員の手によって運ばれました。なおリレー隊の編成は次のとおりでした。
ボーイスカウト隊―小学校女子選抜隊―小学校男子選抜隊―中学校女子隊―中学校男子隊―体育協会隊―青年団女子隊―青年団男子隊―老人クラブ隊―名士隊―教員隊―婦人会隊(掲載は走行順による)

炬火リレー
 オリンピックの聖火に相当する国体の炬火は神聖なる弥彦山頂で古式ゆかしく採火され、夜の登山道を弥彦中学生のかざす松明を、地元山岳会員のガードにより弥彦神社まで運ばれ神社で1泊。翌日、神社から旧吉田町へ引渡すまでの8区間すべて村スポーツ少年団(中学生)の手によってリレーされました。炬火は主会場の新潟市陸上競技場で大会期間中燃えつづけました。

弥彦会場競技種目の解説(当時)

クレー射撃

国体クレー射撃
国体クレー射撃
 この競技は、クレービジョン(ピッチと石灰で作った直径11センチ、高さ2.5センチ、重さ100グラムのもの)を空中に放出、霰弾でこれを射撃し、その破砕したクレーの数により順位を決定する競技で、瞬間の判断で動作を最高度に発揮した、なかなかスリルに富んだ競技で、トラップおよびスキートの各種目に分かれています。

(1)トラップ(国際式)競技
 この競技は6人の射手がトラップ(射出機)の位置より後方15mに、3mの間隔で設けられた5個の射台上に立ち、1回のゲーム(25発)を1発チェンジで順次射台を変更して行う競技で、オリンピックでは200個、国体では100個のクレーを4回に分けて分射することになっています。
 クレーは射手の合図によって、前方45度以内に3個のトラップ機のいずれかより射出された標的を射撃するもので、審判員が肉眼に破砕されたと判定すれば、これを一点とし、クレーの破砕数の多少により合計して順位を決定します。
(2)スキート競技
 国体競技は100個のクレーを4回に分射して行うことになっています。スキート射撃の一組は5名の射手からなり、射順表に従って第一射台で、シングルを撃ちはじめます。
 最初はハイ、ハウス(プール)を次いで、ロウ、ハウス(マーク)を射撃し、各射手は各射台で両方のクレーを撃ちます。各射手一巡の射撃回数は、25点満点。各射台で全弾命中すると24点になり、あと1点のためには射手の自由選択により、任意の射台より1発射撃でき、それで合計25点となります。
自転車競技
(1)タイムトライアル
 この競技は自力で発走して、1000メートルの独走計時記録の優劣をもって順位を決定します。
(2)スクラッチレース
 これは2名〜3名の走者によって行われるが1000mの全距離の所要時間を計時せず、ゴール前200mのラインを走者が通過する瞬間からゴールまでのタイムを計時します。
(3)ポイントレース
 国体では、1万mの距離でポイントレースを行う。主として8〜9名の走者が一斉に発送して2周又は3週目のごとく、あらかじめ定められた周回ごとにホームストレッチ側のポイントラインを通過する際1位5点、2位3点、3位1点の得点を与え、その得点数によって順位を決定します。
(4)速度競走
 この競技は、定められた距離を一斉にスタートし、到着順位によって成績が決定します。
(5)実用車競走
 自転車競技の普及発達を目的としてはじめられたもので、ここでいう実用車は一文字ハンドル、3/8タイヤ等、いわゆる実用車であって、俗にいう軽快車やサイクリングツアー車は除外します。
(6)団体追抜競走
 この競技は、チーム4名で構成し、競技場の中央両側に線を引く、そしてホームストレッチ側とバックストレッチ側から一斉に発走する。そして4名中3番目の走者を追い抜いたときに勝敗が決定します。
 追抜きのできないときは、3番目の走者がゴールインしたとき、早い方が勝ちである。4名中の中の1名が失格となっても、3名で競技が行われます。
(7)ロードレース
 国体では主として100キロメートル以上のコースで行いますが、コース中には丁字路、直角、急こう配等変化に富んだところを選ぶ。そして汽車の踏切がなく、交通量の少ないところを可とします。

■体日程弥彦会場参加人員一覧(春季大会)

会場地 種 目 6/7 6/8 6/9 6/10 6/11 参加推定人員
弥彦村 自 転 車 432
クレー射撃   224

(館報やひこ 昭和39年5月25日発行より)

新潟国体自転車競技井田山頂付近
新潟国体自転車競技井田山頂付近

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